とやま~んの世界うろちょろ落書き帳

2017年8月から南ドイツ生活スタート

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掃除の日

2012/3/31

 今日はキガリの南の町、Huye/ブタレに移動するのでしっかり目覚ましを掛けて起床です。朝食が無料なので昼の分までしっかり食べておきました。さて、いざトウニーと出発したのはいいのですが何とバイタクもタクシーも皆無。今日は日曜じゃないのに。一向に見つかる様子がないので一旦宿に戻ってタクシーを呼んでもらう事に。

すると不可能とか言い出すし、何故に?すると土曜は11:00からじゃないと公共の乗り物が稼動しないらしいです。なんじゃそりゃ。それにしても白タクまで居ないとは。仕方が無いので11:00まで待つことにします。

時間が来るまでここに滞在している旅行者達と情報交換しました。すると、どうやらブルンジからザンビアのタンガニーガ湖を直で移動するフェリーは無いそう。というよりもブルンジ→タンザニア(キゴマ)間が現在運航していないとか。で、キゴマからザンビアのフェリーももしかして週1で無く週2の可能性もあるとの事。さすがアフリカ、思うようには行かないもんです。行ってみての判断ですがどのようなルートで南アフリカまで行こうかなぁ。アフリカ旅行の疲れる所って移動が大変な所です。情報収集から始まりルート変更、バスの乗り心地の悪さ、道路の悪さなど。ウガンダ、ルワンダは道が綺麗なので疲労はまだ少なめです。

さて11:00に出直そうとしましたが今度はスコールがやってきました。これは1時間くらい止みそうにありません。トーニーと話した結果今日はもう遅いから移動だけしてジェノサイドメモリアルには明日行く事に決めました。そうなると必然的にブルンジ入りも1日遅れになります。今後どうしようかなぁ、タンザニアのトランジットビザを取ってキゴマに行きそこでフェリーが無ければムベヤまでバスで行ってそこからマラウィに行くかそれか満月に間に合うのであればヴィクトリアの滝を目指すか。。。

結局中々止まないものだからトーニーがタクシーをお願いし20分後位にバスターミナルに向けて出発となりました。運転手とトーニーの会話で解った事は毎月最終土曜日の午前中は全国民は掃除をしなければいけないそうです。なので公共の機関もまずやって無いそう。中々素敵な法律ですね。

バスターミナルでブタレ行き(実は数年前にHuyeという名前に変わったそうです)のチケットを購入13:00発と聞いていましたがあれ?わたしの時計はすでに13:50です。もしやと思いトーニーに時間を尋ねたら何とウガンダとルワンダの間には1時間時差があるらしい。これで日本との時差が7時間になってしまいました。昨日1日ずっと勘違いしていたと言うことですね。

ブタレ行きの車内
ブタレ行きのバス内

バスは約2時間強でブタレのメーン通り沿いのバスターミナルに到着しました。ここから歩いて今晩の宿まで移動です。町自体が小さいので宿も歩ける距離。チェックインしてから明日の予定を立てましたがまず2人共1番行きたい場所がGenocideMuseum、そしてトーニーが現地の人からとてもいいと教えられたNationalMuseumこの2ヵ所に行く事に決定。時間が間に合えばブルンジ入りを果たしたかったのですがバスの最終が12:30なので間に合いません。というのもジェノサイドミュージアムのある場所が28kmこの町から離れている場所にあるからです。という事でこの町に2泊する事が決定しました。

ブタレも丘が多い
ブタレも丘が多い

カフェで小腹を満たしてから運動がてら町の散歩に出かけます。メーンストリートを南へ下っていったのですがさすが掃除の日、道端にはゴミが殆ど落ちていません。ただ、この町でゴミ箱を見ていないので恐らく晩には大分汚されている事でしょう。この町もキガリ同様丘の町なので涼しいです。歩いていると教会、モスクが現れその先を歩くと今度は大学のキャンパス。最近建てられたのかとても綺麗です。その隣に小さな屋外ジェノサイドメモリアルが建てられていたので立ち寄りました。この大学に通っていた学生であろう大体1967~1973年生まれの青年達の写真がたくさん飾られています。間違いなく犠牲者となったのでしょう。

小さなメモリアル
小さなメモリアル

ここの学生だった被害者達
ここの学生だった被害者達

ここはどうやら勝手に入ってはダメなところだったらしく出た後で通行人から教えて貰いました。許可がいるっていうけどどこに許可を貰えばいいのやら?

宿に戻ってからトーニーの持っている東アフリカのロンプラを読ませてもらいましたが私の持っているPDFとはやっぱり情報が違います。彼の持っている大きなアフリカ大陸の地図を見ながらザンビアにどう抜けるか話し合いましたがフェリーが無ければタンザニアかコンゴ民主から抜けるしか無いけど多分流動的だからとりあえずブジュンブラまで行ってから情報収集しか無さそうです。

<移動>
・宿→バスターミナル・・・タクシー、5000Rwf
・キガリ→Butare/ブタレ・・・バス5000Rwf

<宿>
Huye(Butare/ブタレ)
・Hotel des Beaux-Arts・・・ツイン7000Rwf
 住所:Ave du Commerce
 Tel:530032
 水シャワー、蚊帳あり、ネット環境なし
 目の前が銀行
 バスターミナルを出てメインストリートを右方向に歩くと最初の右折路で右折
 (右手にガススタあり)少し歩くと左手にある。ロンプラに載っている。

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ビニール袋取り上げの刑

2012/3/30

 教えられていた通り2:00を越えた頃に横に座っていたブルンジ人のアレックスに起こされました。もう国境だよと言われて目を覚ますともう目の前はイミグレです。眠気眼でバスを降りると早速チャイナ攻撃、ペンの売り子達でした。残念ながら私はペンを持っているので無視してそのままイミグレへ。出国用のカードを埋めて窓口に提出、あっというまにスタンプを押されて戻ってきました。ちなみに指紋認証もあり。

無事出国審査が終わると今度はルワンダ側まで徒歩で歩きます。標高が高いせいかシャツ1枚では寒いくらい。周りの人々はジャケットを着込んでいました。ルワンダ側に入りイミグレでスタンプを貰ったのはいいですが次に荷物チェックが待っています。簡単にですが中身を見せなければいけません。不思議な事に道路にはビニール袋が散乱しています。するとアレックスがルワンダはビニール袋を持ち込んじゃいけないと言うでは無いですか!!バックパッカーにとって重要なビニール袋、1枚使うのにも慎重なのに取られちゃうの??

ドキドキしながらバックパックを開けましたが幸いにも見られた上澄みの部分にはビニール袋は入っておらず無罪放免で釈放となりました(笑)ところが、バスを下車するときに棚の上に上げておいた水とマリアを入れた袋が見当たらないのです。アレックスに私の荷物が無いよと伝え探ってもらうとマリアと袋がそれぞれ出てきましたが袋がありません。やられた~。しっかりビニール袋を没収されてしまったのです。しかも結構頑丈なやつだったので勿体無い!!ショッピングバッグに入れ替えてバスを降りました。

ちなみに国境を出たのが3:30で到着したのは5:45です。まだ外は真っ暗。明るくなるまで待ってようと思いましたがオフィスというよりは最低限の屋根付き待合所なので寒いしもう宿まで行っちゃう事にしました。バイタクと個人タクシーが居たのでバイタクを選択。調べておいたロンプラにも乗っている安宿に向かってもらいました・・・が、何と閉館!!ちなみにホテル・グロリアです。近くにあるニュー・モダンゲストハウスに今度は行ってもらいましたが宿がありません。しかもその目の前にも宿があるはずなのに同じ名前のレストランのみ。近くの警備の人に尋ねるともう無いとの事。そんな~、他にも行って貰ったのですが明らかに高そうなので断りちょっと安そうに見えるホテルがあったのでそこに決める事にしました。何でこんなにつぶれちゃってるの??しかも安宿ばっか。しかし、この安そうに見えた宿、予想に反して実は高かったのです。何と1泊35US$でフランで支払ったとしても42000Rwf、高すぎでしょう。しかも早朝に行ったもんだから11:00まで使うのにハーフボードで半額支払ってもらうと言われてしまいました。しかもディスカウントの余地も無し。とにかくかなり疲れていたので手続きして部屋で休む事にしました。

しかし、ここでラッキーな事にwi-fiを拾う事に成功!!こうなったら11:00までに他の宿を探すしかない!!更にラッキーな事に部屋にタブが付いていたのです。これはこれは、身体中の貯まりに貯まった黒い垢を落としなさいという事でしょう。

宿も調べ垢も落としメフロキンも足りない分追加購入して(これが超高かった)充分な両替もしてさっさとこの宿を去ることにしました。新たな宿までバイタクでブーンと一気に移動です。ただ明確な住所が無く近くのホテルを頼りに探したのですが意外とすぐ発見。重い荷物を持ったままウロウロせずに済んでよかった。

宿の目印
宿の目印

チェックインが済んですぐ目の前の中華料理店でチャーハンを食べてからメモリアルミュージアムに出かける事に。ルワンダは記憶に新しい虐殺の過去があり当時の資料が展示されているのです。過去にアウシュビッツにも行きましたが、この生々しさ、何とも言えません。

メモリアルミュージアム
メモリアルミュージアム

セクションが分かれていて1は何がきっかけで民族間(ツチ族とフツ族)のいさかいが起き虐殺に至ったのか順序を経て写真、エキシビジョンも交え展示されています。無残な姿で放置されて腐敗している遺体が写真だけでなく映像として目に飛び込んで来るのでとても衝撃的で言葉を失いました。しかも大抵の女性はまずレイプされてから殺されます。そしてそれを子供の目の前で行う残忍さ。これも集団心理の一種なのでしょうか?その状況下で生きてないので全くもって解りません。更には殺さない場合もなるのですがその時はHIV陽性と判っている男性にレイプさせるという驚く説明まで。訪問者は多く皆それぞれに想い想いの事を語ったり鼻をすする音が聞こえてきたり。写真と説明、エキシビジョンの映像を全て閲覧していったのでセクション1だけで1時間はゆうにかかってしまいました。

セクション2は他の国でのCivilWarについての展示も含んでいます。ドイツ(ヒトラー)、カンボジア(ポルポト)、アルメニア、コソヴォ、ボスニア等こちらも写真、説明、エキシビジョンが。

そして最後のセクションは・・・子供達です。これはちょっときつかった。実際の遺体が生々しく映し出されている訳ではなく、生前の写真、そしてその子の名前、享年、好きな食べ物、飲み物、好きな遊び、親友、死因等が1人1人書かれているのです。中には数ヶ月の子供も居て、好きな飲みもの、、、母乳。ちょっとこみ上げてくる物がありました。他にも両手にも達さないような子供の死因が頭部を撃たれたからとか。そんな事をする必要がどうしてあったのか、負の連鎖が続くだけなのに。

お墓
お墓

ここを出る頃にはキガリに数日滞在するのを止めてHuye/Butare/ブタレに明日行く決断をしていました。ブタレにはGenocide Meseumがあるのですが、これが東アフリカで数本の指に入るくらいの展示だそう。しかもルート的にもブジュンブラに行く道沿いの町なのでその後の国境越えも大変ではありません。

宿に戻ってから3泊くらいすると言ってたのを取り消しました。とても残念そうにフタッフに言われましたがそれもそのはず、後に解った事なのですが、この国のミュージアムを作っている団体がこの宿も経営していてここの売り上げをその資金に充てているそうなのです。

何故それが解ったかというとこの宿に滞在中のNGOで活動している日本人のヒナタちゃんから聞いたのです。彼女はとても積極的で自分からすすんで1人でナイロビinでここまでやってきたとの事。そしてもう1人日本人のカツヨシ君、こちらはNGOでは無く個人で活動しているそう。2人も若いのにすごいな、というか若いから余計に行動力があるのかなぁ。

たくさんの丘
たくさんの丘

キガリでたくさん咲いていました
キガリでたくさん咲いていました

部屋に戻り同室者のロンドンから来ているトーニーと話をしたのですが何と彼も明日ブタレに行きミュージアムに行くとの事。そしてその後ブジュンブラに行くというのだからこれまたびっくり。目的地が一緒なのでブジュンブラまで行動を共にする事決定です。旅は道づれですから。ちなみにブジュンブラですが、ルワンダ人が土日買出しに行くくらいのノリで国境を越えていくそうです。ルワンダは東ヨーロッパ1の物価高なので仕方ありません。早くブルンジに行ってしまいたい。ちなみにブジュンブラからザンビアに行くフェリーですがとりあえず解っているのは週1回火曜日運航というだけでそれがキゴマ(タンザニア)でトランジットしなきゃいけないのかダイレクトなのか行ってみないと分かりません。元々月曜にブルンジに入る予定でしたが、一緒に行く男性が日曜に行くというので月曜を待たずに入る事に。極力日曜の移動は避けたかったのですが1日でも早く入って情報を集めたいのです。キゴマでトランジットだとまたビザ代が飛んで行ってしまうので避けたい所ですが、まぁアフリカなので仕方ないとしか言えません。

そうそう、この国に入ってチャイナもですがシノワとも言われるようになりました。要は中国の意味です。どこの国に行ってもこれなんだもん。ため息です。言語ですが、この国とブルンジはフランス語が公用語になります。通貨もフランっていう位だし。ここは英語は通じますが情報ではブルンジでは話せる人が少なく大変らしい。全然フランス語知らないんですけど。シルブプレとかジュテームとかボナペティとかしか。。。まぁ成る様に成りますか。

続けて中華料理
続けて中華料理

<移動>
・バスターミナル→中心地・・・バイタク700Rwfだが相当ぐるぐる
 回ってもらったので1000Rwf渡した。
・中心地→Discover Rwanda Youth Hostel・・・バイタク700Rwf
・Hostel→メモリアルミュージアム(ジェノサイド)・・・バイタク600Rwf
・メモリアルミュージアム→Hostel・・・バイタク700Rwf

<観光>
・メモリアルミュージアム/無料、寄付箱あり。

<宿>
Kigali/キガリ
・Hotel ・・・半日18US$又は21000Rwf、1日だと35US$又は42000Rwf
・Discover Rwanda Youth Hostel・・・8人ドミで9000Rwf
 シャワー、トイレ部屋にあり。蚊帳あり。wi-fiあり無料だが丁度壊れていた。
 朝食無料
 住所:Kacyiru Kigali
 Tel:+250 782265679
 E-mail:info@hostelkigali.com
 バイタクでトップタワーホテルまで乗せて貰い下車。進行方向に少し進むと
 右手に中華料理レストランがあるので手前で右折し真っ直ぐ進むと
 白い門にユースホステルの目印が緑と黄色で書いてある。
 テント持参すれば中庭で泊まれる。

<国境>
・ウガンダ側Katuna/指紋だけ取られすぐにスタンプを押してくれる。
 出国カード記載要。
・ルワンダ側Gatuna/入国カード記載要。ビザをすでに取っていたので問題なし。
 国境でもビザは取れるが若干高いうえにビザシール無し。もちろんゴリラの
 ホログラムも無し。
 ※荷物チェックの際にビニール袋が見つかったら没収なのでバックの奥に
 入れておきましょう。

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ルワンダビザ取得

2012/3/29

 ようやく今日ルワンダビザを取得予定。ってかバスのチケットもこの手にあるのでビザが取れなかったらアワワ・・・。そういえば入国予定日何日にしたっけな。30日?っだったら国境を越える時間が2時くらいなので大丈夫なはず。受け取ったらすぐに確かめなくちゃ。それにしてもゴリラのホログラムの為にどれだけカンパラに費やしたのやら。国境でビザシールが取れたらいいのにね。

チェックアウトをすべく荷物をパッキングしているとおとついから同部屋だったドイツ人も今日チェックアウトの様で少し話をしましたが、これからルウェンゾリ山地に向かうようです。ルウェンゾリといえばキリマンジャロよりも登るのが難しく2週間ほどかかるし価格も高いとか。でも彼は登山ではなくトレッキングコースを2日程かけて歩くと話していました。とても美しい山だそうで私も行ってみたい気持ちはありましたがタンザニアで度重なる出費で懐が。しかも期間を延ばしたので余計に厳しいのです。手持ちのドルにも限りがあるし。彼が去る前に1冊の本を頂きました。ヘミングウェイのGreen Hill of Africaという本です。丁度アフリカにいるので辞書片手に読みきりたいと思います。

もらいました
もらいました

荷物を預かってもらいビザ受け取りの時間までネットにいそしむ事に。そういえばこの街で1歩歩けば相当な視線を浴び、それと同時にチャイナ攻撃が始まります。それに混ざってムズングという言葉も聞かれるのですがこれはいわゆる白人に対して使われる言葉です。白いという意味があるそうで昨日オランダ人女性とこれについて話していましたがそれでもチャイナの方が言われたくないと言っておきました。彼女もムズングと言われるのは嫌と話します。そうえいばマリオンとマリアもムズングについて話し合っていたなぁ。やっぱり差別的な言葉を言われるのは誰でも気持ちいいものではないですもん。

でもチャイナとムズング、どちらも差別的な要素はありますがムズングの方が薄い気がします。というのも実際にそのムズングを彼女、彼氏にしたいと思っている人々も多い様子。実際に異色カップルを見かけることは何度かありましたが、アジア人とのカップルは今のところ目にしません。旅行する数自体も違うんでしょうが、それでもインド人はインド人、中国人は中国人とコミュニティーの中でくっついてしまうのかもしれません。

私は一人なので好奇な目で見られることが多く誘いの言葉も受けます。でもそれって魅力があるからじゃなくて珍しいからカラカイなんでしょう。でもとにかく街をちょっと歩くだけでチャイナと言われ続けるのは気持ちいいものではありません。なので、ジェラルド達は私にとってはオアシスのようなもの。まぁ彼らは外国人と関わる事が多いからかもしれませんが。

ネットをしていると彼らがやってきました。熱はないか尋ねられたので今日は大丈夫と話します。彼らのエデュケーションセンターに来ている子供がマラリアに罹患して入院しているそうなので今日はお見舞いに行くとか。この国では幼い内にマラリアに罹患しその後抗体がついちゃうんだろうなぁ。

昼になりなんだか身体が熱く感じたので熱を測ったらまたもや微熱。でもマラリアだと高熱に見舞われるはずなので生理前のホルモンバランスの問題の熱なのかも。とか思っていたら生理が来た。いつもより数日早めでびっくり。大体規則正しく来るのですが、環境が変わったからなぁ。

16:00受け取りなので15:00過ぎに宿出発。ミニバス&ボダボダで向かいましたが結構早く着いてしまいました。暫く待つこと20分、ついにパスポート返却です。ゴリラのホログラムつきのビザシールがパスポートに貼られて戻ってきました。これを取るためにセセ諸島から戻ってきたのだからちょっと感激。ようやく手に入りました。しかも申請した2週間では無く1ヶ月有効です。まぁ居て数日ですが何かうれしいですね。

ルワンダビザ
ルワンダビザ

さて、無事手に入ったのでこれから宿にとんぼ返り。バスターミナルに向かうのが18:45位なのでそれまで情報収集せねば。

そして時間が来たのでバスターミナルへ。バスは時間通りに出発しました。ちなみにボーディングタイムは19:30との事ですが皆ぎりぎりです。道路の状況は良く舗装されていましたが、時々スピードを出させない為がぼこっと盛り上がった箇所が幾つかありその都度目が覚めました。

jaguarbus
jaguarbus

夕食を食べてなかったのもありどんどん空腹感に襲われます。22:00頃にどこかの町に到着した時にワラワラと売り子が近寄ってきたので何があるか見てみるとウガンダに入国した時と同じ牛の串を持っている人が居ました。速攻で2本購入、丁度お釣りを受け取った時にバスは出発、危機一髪です。胃が満足したおかげで眠気が出てきました。国境までまだ3時間程あるので少しでも眠らなきゃ。

<移動>
・宿⇔中心部・・・ミニバス行き700Ush、戻り1500Ush何で毎回違うの??
・中心部→ルワンダ大使館・・・ボダボダ4000Ush
・ルワンダ大使館→中心部・・・500Ush
・中心部→Jaguar busのオフィス・・・ボダボダUsh
・カンパラ→Kigari/キガリ、ルワンダ・・・国際夜行バス、40000Ush
 Jaguar bus、2列3列の計5列シート。20:00発。ちなみに19:00発もあれば
 日中の便もあり。約9時間。

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ビザ待ち

2012/3/28

 ビザ発給が明日なのでどうにもこうにも身動きがとれず退屈な1日を過ごしています。唯一の救いは宿にネットがあるという事。充分すぎるくらい暇つぶしが出来ます。

そういえば覚えていますか?旅の始まりは車だったという事を(笑)。モンゴルで死にかけてロシア中央部のノヴォシビルスクでりかちゃんとハイエースとお別れしてそれから私はバックパッカーに。旅を始めてもうそろそろ10ヶ月になりますが本当にこの期間にいろいろありすぎました。

どうして急に過去を振り返ったかというと、そのりかちゃんが来月4月14日からハイエースで再出発するのです。しかも今度は1人きりで。今度はそのままロシアを横断するわけではなく途中中央アジアに寄ってから。で、その時期が何と丁度私の中央アジアの訪問にかぶりそうなのです。もしかしたらどこかで1日くらい合流できるかも。約1年ぶりなので過去の旅行話の事を語れそうです(笑)

今後の予定ですが時間があるのでいろいろルートを考えています。とにかく4月23日のジンバブエ/ハラレからヨルダン/アンマンの航空券を変更する事は確定しました。というのもせっかくなので南アフリカまで行ってみたい!!という気持ちが強くなったのです。

更には出発地だけでなく目的地もヨルダンからトルコに変更しなくてはいけません。というのもサイプロスで仲良くなったヨルダン人のジャーベルと一緒にヨルダンを旅することになったので一旦サイプロスで合流してそれからヨルダンに行きます。10日程しか一緒に行けませんが気持ちが嬉しい。ヨルダン人は親切だと聞きますが本当にその通りですね。久々の再会が待ち遠しいです。

さて、出発地と目的地が決まったので今度は日程を決めなくては。どれくらいでヨハネスブルクまで行けるかなぁ?当初ケープタウンまでで考えていましたが夜行バスでヨハネスブルクまで行けるし最悪どこからでも飛べるのでやっぱりヨハネスブルクで決まりです。日程はどれだけ延ばそう。せっかくの変更なので数週間・・・う~ん。5月の半ばくらいまでかなぁ?それにしても東、南アフリカで3大治安の悪いと言われているダルエスサラーム、ナイロビ、ヨハネスブルク全てに行く事になるとは思ってもみませんでした(笑)はい!!充分すぎるくらい気をつけます。そして楽しんできます。

ここ数日37℃の微熱が続いているので念のためマラリアチェッカーを買うべく街のショッピングセンターに出かける事にしました。消耗品も無くなったしビザが安く済んだ事でお金も余っているし。んで、結局消耗品を買ったらお金が足りなくなったという間抜けな話です。でも最近シャンプー使ってなかったから髪の毛気持ち悪かったし新しいマリヤを発見してしまったしティーマサラはどうしても欲しかったし(言い訳大好き)で、結局マラリアチェッカーキットは発見出来ませんでした。

ティーマサラ
ティーマサラ

このティーマサラ、シナモンも入っているのでダメな人はダメでしょうが、アフリカンティーにとっても良く合います。ちなみにアフリカンティーは生姜ミルクティーの事です。

そろそろKigari/キガリ行きのバスチケットを購入しなければ。ジャガーバスとカンパラコーチがダイレクトでキガリまで運行しているようですが、中心地からオフィスが近いジャガーバスのオフィスに向かいました。近いといっても荷物を持ってないが為行けたような物で当日は絶対にボダボダで行く!!と思わせるくらい暑い日差しではきつい上り坂でした。夜行バスは19:00発と20:00発があったので後者で。それでも到着が朝の6:00くらいだそうなのでもっと遅いのがあってもいいのにな。

宿に戻るとスタッフからジェラルドが探していたよと伝言が。夜に彼が戻って来たので聞いてみると昨日私が熱があると言っていたのでマラリアのチェックの為に病院に連れて行こうと友人と一緒に来てくれたそうです。何て優しいんだ!!今は熱は治まっているし頭痛も無いので多分大丈夫でしょう。

<移動>
・宿⇔タクシーパーク・・・ミニバスでタクシーパークまでは500~1000Ush、
 逆は1200~1300Ush

<宿>
Kampala/カンパラ
・Backpackers Hostel・・・8人ドミ/18000Ush/泊
 朝食無し、wi-fiあり
 住所:Nateete Road Lungujja
 Tel:+256 0 772430587/+256 0 774114499
 E-mail:backpackers@infocom.co.ug
 URL:http://www.backpackers.co.ug/

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ルワンダビザ申請

2012/3/27

 昨日はルワンダビザの申請に間に合わなかったので今日こそは必ず行かなきゃ!!今日もまたミニバス&ボダボダで行こうかと思っていたら昨日一緒に出かけたジェラルドが送ってくれるそうです。ラッキー。嬉しいな。

10:00頃に大使館に到着し窓口に行くと今日はちゃんと申請用紙をくれました。2枚に渡って質問が書かれているので書けるだけ書いて写真2枚とパスポートと一緒に提出しましたが写真は1枚だけでよかったようです。そして肝心の料金もですが情報では129000Ushのはずが何と77400Ushとの事。あれ?これってトランジットビザと勘違いされて無い?2週間のツーリストだよと尋ねましたが短期間なのでこれでいいそうです。もしかして料金改正で安くなったとか?はてはて。嬉しい話なのですが何か拍子抜けしてしまいました。ちなみに受け取りは2日後の16:00だそうです。

申請が終わったので宿まで送り届けてもらいましたがその前に若者達でやっているエデュケーションセンターに連れていってもらいました。小さな子供達の為に勉強やダンス等を教えているそうです。何とそこの壁にアフリカの大統領マップが貼られていました。やっぱり目に付いたのはムバラクさんとカダフィーさん。このマップ内では健在でした。

アフリカ大統領マップ
アフリカ大統領マップ

宿に送ってもらいましたが身体がずっと火照っていて熱いので体温測定。するとやはり37℃を越えてきます。ただ悪寒はなく頭痛も無いのでおそらくマラリアでは無いでしょうが多少は気になる所。ちょっと様子を見ることにします。多分強い日差しに当たりすぎたせいなんだろうけどもしもという事もあるしね。

<ルワンダビザ情報>
・月~金の9:00~12:30に申請可能。受け取りは2日後の16:00と指定。
 必要書類等:パスポート、申請書1部、写真1枚、
 費用:シングルビザ77400Ush、ちなみにツーリストビザの所に129000Ushと
 書かれていたのに何故か安く済みました。トランジットじゃないよと
 伝えましたが短期(2weeks)なので大丈夫との事。
 住所:Plot No.2,Nakaima Road
 Tel:+256 41 344045,333541
 Fax:+256 41 258547
 E-mail:ambakampala@minaffet.gov.rw.rwanda@utlonline.co.ug

<宿>
Kampala/カンパラ
・Backpackers Hostel・・・8人ドミ/18000Ush/泊
 朝食無し、wi-fiあり
 住所:Nateete Road Lungujja
 Tel:+256 0 772430587/+256 0 774114499
 E-mail:backpackers@infocom.co.ug
 URL:http://www.backpackers.co.ug/

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とやま~ん

Author:とやま~ん
Now: Tokyo, Japan

Thought I would settle down in Tokyo, but my mind insists on moving forward! I was wondering whether I could find a place where I feel my home. Life is exciting!

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