とやま~んの世界うろちょろ落書き帳

日本に戻って早2年、でもやっぱり定住できなさそう

方向転換

2011/7/30

 昨晩の話があってから頭の中でずっと考え事をしていて心ここにあらずの状況。日本に戻ってからの事についてずっと考えていました。せっかく退職したのですぐ復職はせず旅にすぐ出ようかな?それだったらどこに行こうか等。結局何も答えが出ず出発です。まぁまだまだ時間はあるのでおいおい考えますけど。

チェックアウト時にレジストレーションの紙をもらいましたが出国時まで無くさないように管理しなければなりません。ここを出て目指すはНовосибирскのToyotaディーラーです。モンゴルでバタバタになった部分を最低限直さなければなりません。M-52を昨日と同様北上。健康な車では無いのでスピードが出せず200kmの距離でも時間がかかります。M-52上でToyotaが発見できなかったので偶然見つけたSuzukiのディーラーで場所を教えてもらいました。おかげですぐ発見できました。どうもありがとうございます。

ノヴォシビルスクのトヨタ

到着したのがすでに遅く今日は簡単な事だけして残りは明日に持越しです。Toyotaで作業待ちの間にりかちゃんよりモスクワまで行かずここからもう日本に帰りたいと話がありました。事情が事情なので仕方ないのですがあまりに急な話なので頭が真っ白。そうすると全く西ロシアが見れないまま日本に帰国?ここまで来てそれだけは悲しすぎる。なのでここノヴォシビルスクで車を降りてバックパッカーとしてゆかちゃんと旅を続けることにしました。

いきなりなので急に慌しくなりました。
どのようにして西ロシアを周ればいいのか、バスや列車については下調べは全くしていなかったのでToyotaのスタッフの女性に手伝ってもらい情報収集しましたが、電話が繋がらず翌日に持ち越しです。安全に眠れるところがないか尋ねると郊外よりもここで眠ったほうが安全とお言葉を頂き駐車場で眠ることになりました。どうもありがとうございました。

明後日に離脱することに決まったのでそれまでにやらなきゃいけないことがありすぎる~。ひ~。結局Toyotaは20時で閉まりましたが横にあるショッピングセンター内のレストランでwi-fiが使えることが発覚。閉店の2時までいそいそとネットにいそしむことになります。

<Toyota>
・座標N55°02.379'E082°57.425'
 wi-fiあり。屋外からは微弱電波。

<宿>
・Toyotaの駐車場
 横のショッピングセンターのレストランにwi-fiあり。
 夜2時までやっている。

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決断

2011/7/29

 今朝、今後についての話がありました。
それはアフリカまで行かずにロシアビザの期限内に日本に戻るというものです。明らかな車の故障に加え身体の不調、今回はモンゴルでの出来事だったのでここまでで済んだかもしれないけど、ハイエースで中央アフリカは越せるのか?車が壊れても自分達で直せないし、それ以上に身体の状態がモンゴルの時よりもひどくなったら?GPSが壊れ迷子状態になったら今度こそ命の危険があるかもしれない事など。この話が出るかもと予感はしていましたが、正直つらい話です。ですがこの旅に参加した者としては仕方が無いかなというのが本音でもあります。モンゴル以上の道が想定されるアフリカではこの車では厳しいと実感しているからです。今思えばアフリカの前にモンゴルに行っておいて良かったんだと思います。いわゆる警告のようなものだったのかなぁ、アフリカではこれ以上の事が起こるという。

現時点で日本人が外国の地でロシアのビジネスビザを取得するのは不可能なので半年ビザ(3ヶ月滞在可能)の猶予のある内に出国しなければなりません。なので残りは12月頭までの期間に2ヶ月弱滞在できますが、寒い時期にロシア横断は避けたいので目標としては9月末か10月頭に帰国の方向へ。ヨーロッパにも行きたかったんだけどなぁ。本当にくやしい。

方向性だけ話し合いまずはレジストレーションの為にБарнаул(バルナウル)のホテルへ向かうことにしました。ここはホブドで会ったハンスに安くレジストレーションが出来ると教えてもらった所です。前回は罰金がディスカウントしたので安く済みましたが次もそうとは限らないのであらかじめ登録しておきます。Парк-Отель ЛесныеДалиという林の中にあるホテルですが見た目はオンボロです。

ホテル

どうやら結婚披露宴の最中らしく相当な盛り上がりです。ロシア人、踊るの好きだなぁ。旅をしていて適当なカフェを貸しきって踊りまくっているのを何度も目にしました。年齢関係なく。

ホテル内は改装されていて外見とは違うものでした。
ですが2人部屋に簡易ベッドを入れた部屋なので狭い。

部屋

安いから文句は言えないのですが。
レジストレーションの際はパスポートをフロントで預けなければならないのでうかつに外出できません。なので近くのカフェ(食堂)で食事を摂りました。パン食べ放題だったのでここぞとばかりに詰め込んで相当お腹一杯です。この旅初のホテルですが結局外出先でwi-fiを拾ってしまったのでシャワー&洗濯&眠っただけになってしまいました。ちなみに結婚パーティーは朝の5時まで続き、耳栓を車内に置いて来た私はあまり眠れませんでした。

<wi-fi情報>
Барнаул
・CITROёNの会社周辺
 夜間赤く看板が光る

<宿>
Барнаулの町から南へ8km
・Парк-Отель ЛесныеДали
 宿泊者は500pでレジストレーション可能。
 3人部屋で2200p
 座標N53°172.86'E083°43.613'

<燃料>
・ДТ/24.00p
 ДТeuro/26.00p
 92/24.25p
 
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北上

2011/7/28

 身体の調子は大分よくなっています。まずお腹の調子が元に戻り胃の痛みもありません。身体の節々の痛みと頭痛くらいで苦痛というまででもなし。

かわいい村です
昨晩泊まったかわいい村

本来ならアルタイ共和国の景色のいい山を車でドライブする予定でしたが、天候も車も微妙なので諦め先を急ぐことになりました。モンゴル側のアルタイ山脈の後共和国に戻ってくると、多少盛り上がりにかけます。それほど雪の残るバヤン・オルギー~ホブド間の景色がすばらしかったのです。

ノボシビルスクのToyotaで車の修理をしなくてはいけないのも急ぐ理由の1つです。その前に道中のバルナウルでレジストレーション(滞在登録)が先ですが。

行きと同じくM-52を今度は北上していきます。途中車がたくさん停まっているポイントがあったので立ち寄ってみました。前回は見逃していたので今回は発見できてよかったです。空気が綺麗で気持ちいい!

ビューポイント

その後一気に天候が崩れ雨が降ったり止んだりの繰り返し。ビューポイントでは晴れていてよかった。夜の運転で発覚したのですが、まずフロントのライトがつかなくなりました。フォグランプやブレーキランプ、ウインカーは問題なし。他にも空調が全く効かなくなりました。探せばもっと故障箇所が見つかりそうです。エンジンがかかっただけでも嬉しい出来事なんですけどね。

今日はこんだけ
今日はこんだけ食べれました

<ビューポイント>
・座標N50°23.931'E086°40.475'標高830m
 ИодроとИняとの間南から北上すると左手

<宿>
Сростки
・7/2と同じカフェ/ガスティーニッツァ前
 座標N52°25.571'E085°41.693'標高215m
 前回は無かったのですが今回は駐車場代50pかかりました。
 シャワーは100p

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希望

2011/7/27

 長い1日が終わり風の強さも変わらぬまま朝を向かえました。
やはり今後についての不安が強く熟睡できず、体調も悪く身体の向きを変えるたびに全身に痛みを発しました。

テント

明るくなったのでまずは荷物詰めですが、フラフラで動けないので結局私は車内で横になっているだけ。情けないけど何も出来ません。海外旅行保険にも加入しているのでロシアに入ったら即病院に行かなきゃ。

車内でダウン中

準備が整うとまずは川越えから。何故か村方向でなく国境方向に川越えをしました。

牽引中

エンジンが壊れているのにどうやってロシアまで移動したらいいの??川を渡りきった先でおじさんがエンジンをつけてみなさいとゼスチャーします。昨日はつかなかったのに?と半信半疑になりながらつけるとなんとエンジンがついたではないですか!!どういう事?全く理由がわかりませんがとにかくエース君が復活したのです。信じられなくて号泣です。この先5km以内にに太い川が2本あるというのでそこの川渡りを牽引してもらうことにしました。ところが今度はギアが全くもって入らないのです。更にはバックに入れようとするとギューンという音がなり壊れそうな勢いです。するとおじさんがやってきてエンジンを切りました。するとギアが入りその状態でエンジンをかけサイドブレーキをおろすと進みはじめました。こういうかけ方ではないと動かないのか・・・。でも動くだけ全然ましです。おじさんが言うにはオイルに水が入っているからこうなるのも仕方ないとの事。5km先の川まで移動しましたが、大きいと思っていた川がとても小さい川で逆にびっくり。ということで川の手前でおじさん達と別れることになりました。最初に約束していた金額より多めの請求でしたが寒い中手伝ってくれたのでルーブルを混ぜて渡しました。もちろん若い男性にも。最後の最後までフラフラで挨拶すら出来ませんでしたが窮地を救っていただきどうもありがとうございます。

どうもありがとうございました

さて、動いてしまえばもう目指すはロシアです。ЦагаанНуурで休憩後に国境へ出発。私は傾眠状態だったのであっという間に着いた感じがしました。(実際は悪路です)ちなみにこの間にエンジンをつけた後にでもギアが入るようになっていたそうです。びっくり!

モンゴル側でフラフラしていると車内の検査もあっという間に終わり早く病院に行きなさいと言ってくれたようです。その次にロシア側に行くと手前で車の消毒をされました。もちろん有料。水の貯まった道を進んだ後消毒液を吹きかけられるだけの簡単な物でした。その後イミグレがありましたがここ辺りで急に空腹感を感じるようになったのです。イミグレを出た後に試しに味噌汁を飲んでみましたが胃の痛みがほぼ感じられません。(ただし腸のグルグルは変わらず)もしかして、ストレス性の胃腸炎ですか?もう少し様子を見てから病院に行こうかなと思うくらいの急変ぶりなのです。確かに早くロシアに帰りたいとは思っていたけれど、人間の身体ってこんなに単純なの??

こんなに食べれました

アルタイ共和国に入り適当な村で夕食を摂りましたが、不思議や不思議するするっと8割くらい食べれてしまいました。完全にモンゴルの食事に対するストレスだったようで医者いらずで治ってしまったようです。でもモンゴルでこれだったらアフリカではもっと大変な事になるんじゃないかと不安を覚えます。しかもアフリカで1年半もだなんてモンゴルの3週間とは比べ物になりません。

食後は雰囲気のよさそうな村まで移動し、許可を得て駐車しました。くしゃくしゃになった荷物を3時間かけて整頓しましたがかなりの浸水ぶりで出さなかった荷物がベコベコになってしまっていました。直接水につかなくても浸水するから当たり前なのですが。中途半端な半乾きの臭いに当分は悩まされそうです。外に1晩出していた荷物も砂まみれで大変な事になっています。出るのはため息だけ。

<宿>
Чаган-Узун
・適当な民家の前(許可あり)

<ロシア国境手前の消毒代>
・78pでタイヤ周辺の消毒

<燃料>
・ДТ/25.00p
 92/26.00p
 96/29.00p

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絶望

2011/7/26

 今日でモンゴルが最終日・・・の予定。
悪路といわれているウラーンゴムから国境方面の道を無事越えられたらの話ですが。

朝から胃痛と下痢に悩まされ水分くらいしか口にできません。胃が痛くなることは今までの人生の中で殆ど無かったので何が身体の中で起こっているのか不安を覚えます。

ロシアの国境まで約250km、ウラーンゴムから30km程舗装道路が続きます。ダートになってからはくねくねの道になり石もごろごろ。途中右手にУурэгНуур(ウレグ湖)が見え、その後はわだち以外何もない道が続きます。

ウレグ湖

その後はわだちすら消えGPSに頼るのみ。ただ、この辺鄙な場所ではGPSも微妙で場所が定まらなかったりするので常にナビでチェックです。予想はしていましたが早速川越えです。近づくと幅が広く5本程に分かれています。3本目までは難なくクリアしましたが問題は4本目です。明らかに川底が見えず深そう。行き来して渡れそうな場所を探していざ川越えへ・・・しかし途中で進まなくなりバックにしても少し動いたきり停まってしまいエンストしてしまいました。その内エンジンをつけるとヒューンという音がしてもう動きません。これはまずい!エンジンが壊れてしまった。焦りと絶望感が一気に支配します。少しずつ車内に水が入ってきだしたのですぐに荷物を袋に適当に入れて後ろのドアから放り出しました。ゆっくりですが車体が先へ進んでいます。このままだったら更に沈没か勢いがあるので流されるか不安になりました。

自分達の力だけでは車体をひっぱれるわけもなく、救援を呼びに行く事になりました。といってもわだちの道を歩いてきたわけではないので、どこで車と出くわすか、また村がどこにあるのかもわからないまま迷わないように進まなくてはなりません。しかも3人で行くと荷物の事も心配なので2人で探しにいって1人は待つこととなりました。その前に川と川の間に荷物を置いている状態なので増水した時のことを考え対岸に荷物を運ぶことに。しかし勢いがあり、更には腰の位置近くまでの深さで断念。幸いにも風の吹く方角には雲がなく助けが来るまで雨が降らない事を祈るのみです。

誰が1人残るかという話になりそれぞれが名乗り出ましたが、そうこうしている間に悪寒が徐々に出てきてその内テントを張る余裕すらなくなりました。2人に張ってもらう中どんどん強くなり頭から足の先までブルブル震えます。最終的には自分の力で寝袋にも入れず靴下すら履き替えられず2人に手伝ってもらわないといけない程。ここまでの悪寒は初めてで痙攣発作の様にも見えるんじゃないかという程強く自分自身でも驚きました。2人が出発する頃でもまだ全身の悪寒は治まりません。座薬を探す余力も考える思考回路もなく近くにあった抗生物質だけ飲むことにしました。出発後暫くしてから身体が暑くなってきましたが暫くすると再度悪寒がやってきました。一体どのくらいの熱がでているんだろう。そして今は一体何時だろう?そう考えながらも栄養も取れていないし体力も奪われているので意識が無くなっていきました。何度か目を覚ましましたが2人は一向に戻ってこず、少しずつテント内から空が暗くなっていくのが見てとれます。果たして今日中に戻ってくるのだろうか、迷子になってないだろうか、雨が降って増水しないだろうか、増水した場合こんな体調で川渡りできるのか?渡れても身体が冷えていてその後は?などなど不安がこみ上げてきます。自分の命が危ないかもしれない、生きて日本には帰れないかもしれないと悲観的になり家族を思い出し脱水状態の身体から足りない水がこみ上げてきます。

夜になるにつれてどんどん風が強くなってきました。テントの形もずいぶん風で押されて狭くなります。音もすごいので狼か野犬でも近くにいるのではないかと不安でドキドキしながら長く感じられる時をすごしました。

2人が出発してから約5時間後(後で判った時間)、一瞬明るい光が見えたような気がしました。その内ジャリジャリ・・・と音も聞こえ、自分なりに急いでテントから顔をのぞかせると遠くに車らしきものが見えました。フラフラでよたつく身体で靴を履き、車に近づくと1人の男性が降りてきました。次いで2人も降りてきたのを目にした瞬間に安堵感で泣き崩れてしまいました。本当に孤独でただただ怖かった。2人と涙を流しながらハグします。しかし私が恐怖を味わっている間2人は寒い中3時間程歩いて下流の村まで行き、交渉の上ここまで戻ってきてくれたのです。本当に感謝しています。どうもありがとう。

再会後も身体が思うように動かず、一人のうのうとテント内で休んでいましたがその間におじさん達が川の中に入り牽引の紐を結びエース君を無事脱出させてくれたようです。ただ、エンジンはかからず翌朝村まで牽引してくれる話となり5人でエース君内で就寝する事に。今後は一体どうなるんだろう、こんな恐怖感を味わった後にアフリカを旅できるのだろうか、それ以前にこれで旅が終了なのか、・・・家に帰って暖かい部屋で眠りたい・・・ぐるぐると頭の中を様々な想いが交錯します。でも不安よりも安堵感が強かったのかいつの間にか意識が水面下へと徐々に下って行きました。

<宿>
ЦагаанНуурまで50km程手前
・助けてくれたおじさんと若い男性と5人で車内泊。
 
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プロフィール

とやま~ん

Author:とやま~ん
Now: Tokyo, Japan

Thought I would settle down in Tokyo, but my mind insists on moving forward! I was wondering whether I could find a place where I feel my home. Life is exciting!

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