とやま~んの世界うろちょろ落書き帳

日本に戻って早2年、でもやっぱり定住できなさそう

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ジェノサイドメモリアル

2012/4/1

 もう4月になってしまいました。そういえばエイプリルフールです。ここ数年この日に騙した事も騙された事も記憶にないくらい私には半関係の無い日になっていますが今年はどうでしょうか?

出かける前に昨日行ったカフェで朝食をと思いましたがここはクリスチャンが多い国、今日は皆教会に行く日なのでオープンは12:00からだそう。なのでその前にあるHotel IBISという所に行きコーヒーがあるか尋ね簡単な朝食を摂りました。ちなみに私はフルーツサラダにミルクコーヒー、残金を考えながら今日は1日を過ごす事になりそうです。

バスターミナルに行きGikongoro/ギコンゴロ行きのバスを尋ねると丁度10分後に出発するという事でした。タイミングよすぎです。ちなみにこのバス、カーブが多いのにかなりスピードで爆走。コーナーで追い越さないで~!!それでもってフロントミラーにかけてあるぬいぐるみにジーザスって幾つも書かれているし。事故ら無いように祈らなきゃ。ちなみにトーニーは無宗教、バイブルが学校で読まされた以外一回も開いてないそうです。

ギコンゴロへ
ギコンゴロへ

爆走のお陰でギコンゴロまで30分くらいで到着。ここから2kmくらい離れているのでバイタクで行こうと思ったのですが何と500Rwfと28km移動してきたバスと同金額。そりゃないよ。300Rwfにも下がらず結局歩いていく事にしました。でも1km歩かないうちに自転車に乗った青年達がやってきてミュージアムまで乗っていく?と話しかけてきたので200Rwfまで値下げ交渉してこれで行く事に。実は、ここからずっと下り坂なので自転車もハンドル操作とブレーキだけ掛けていればいいだけなので楽な仕事です。もちろん登りだと倍以上取られそうな感じ。あっという間に到着しましたが遠くから見ると門が閉まっているように見えます。もしかして日曜だから開くの遅いのかとドキドキしながらゲートに行くとゲートは若干開いていました。紛らわしいなぁもう。

ジェノサイドミュージアム
ジェノサイドミュージアム

ただ観光客は皆無で私達のみ。中に入って行くとフロントがありそこで簡単に説明を受けます。中の展示はキガリほど多くなく30分程で見終わりました。ただ、ここにはこれだけでなく約2000人の人々の遺体が安置されていたそうです。(現在はもっと少ないです)といってもお墓に入っているわけでは無くビルケナウ(ポーランド、クラクフの第2収容所)で見たような長屋の建物の中の各部屋のテーブルにみっしり寝かされていました。遺体は骨というか乾燥してミイラ化したようなだけども薬剤のせいで真っ白、そして殆どの遺体がプレスされた様に変形してしまっているのです。これは大量の遺体を積み重ねていたので頭蓋骨もろとも変形してしまったとフタッフの男性は話していました。ドアはずっと開放されているのですがそれでも独特の香りが部屋を満たしています。恐らく大きな遺体から本当に数ヶ月くらいの子供までたくさん。髪の毛が生えている状態の遺体やミサンガを着けている者まで。予算の問題で少しずつしか作業が進まないそう、さすがにこれを見た後だったので多少ですがドネーションを箱に入れてきました。

戻りは運動がてら歩いていく事に。登りですが景色を見ながら、すれ違うローカルの人と挨拶を交わしながらなのでそう苦痛でもありません。いいエクササイズです。途中通りかかった村でソーダを飲む為に腰を下ろしたのですがどんどん村民が集まってきて私達の周りは人だらけ。バナナビールで酔っ払ったおじいさんが2、3個知っている英単語で話しかけてきてそのおかげで周辺の人々も和やかムードに。外国人が歩いて通るのは珍しいようで興味は歩けど怖い、シャイ等で中々寄れないけど大勢だったら大丈夫という感じです。だけど話しかけると固まる子供が多いしカメラを向けると逃げたりする人も多く見られました。ソーダをゆっくり飲み終えてから再出発です。曇り空でしたがどうにか降らずに持ち堪えてくれました。

子供たち
子供たち

人だかり
人だかり

村で

丁度バスターミナルに到着する時にブタレ行きのバスがゲートから出てくる所だったのでそのまま乗り込みます。このラッキーなパターン今までも何度もありましたが嬉しいもんですね。戻りも爆走で30分程でブタレに到着しました。先に明日のブルンジ行きのバスチケットを購入、ちなみに6000Rwfです。

もう時計は14:00を示しているのでカフェに行きツナサンドイッチを平らげ次は町の外れにあるNationalMuseumに向けて歩く事に。ただ食事中にスコールが来たので若干止んでからの移動になりました。トーニーのジャケットを傘代わりにして2km程歩きます。地面が濡れているのでちょと歩きにくかったのですがようやく到着しました。ここの入場料は何と6000Rwfとびっくりする価格。ダメもとで学割を尋ねると3000Rwfとの事。ただしISICカードが必要になります。私はブダペスト産のカードをしれっと出しましたがこれは本物なのでもちろんOK。無かったら入れないかお金を両替しなきゃいけない所でした。危ない危ない。

NationalMuseum
NationalMuseum

ここは歴史だけでなく文化、風土等データーが展示されていました。昔の家が再現されていて中に入ったのですが懐かしいゴザの香り。この香りは結構苦手だったのですが日本から離れている今は懐かしく心地よく感じます。トーニーに日本の様だと言ったら興味深そうにしていました。そりゃロンドンとは文化も相当違いますもん。最後の部屋にタイコが何種類か置かれていたので他の観光客に混じってドンドコやっていたらその内スタッフが飛んできて触るくらいにしてほしいと注意されました(笑)いやいや、叩くためにあるんでしょ。まぁ皆叩くのを止めた後に1人トーニーがいたずら心で叩き逃げしてましたが。もうリタイヤしている年なのに心は少年なのです(笑)

ちなみにですが英語のスペシャリストが居る間にたくさん吸収しようとメモり魔になっています。英語を覚えたいからと伝えてあるので発音や単語が間違っていたら速攻で指摘があるので実にありがたい。感謝します。

<移動>
・Huye/Butare⇔Gikongoro/ギコンゴロ・・・ミニバス各500Rwf
・Gokongoro→Gikongoro Genocide Museum・・・自転車タクシー200Rwf
 戻りは歩き

<観光>
・Gikongoro Genocide Museum・・・入場料無料、寄付制
・National Museum・・・1000Rwf

<宿>
Huye(Butare/ブタレ)
・Hotel des Beaux-Arts・・・ツイン7000Rwf
 住所:Ave du Commerce
 Tel:530032
 水シャワー、蚊帳あり、ネット環境なし
 目の前が銀行
 バスターミナルを出てメインストリートを右方向に歩くと最初の右折路で右折
 (右手にガススタあり)少し歩くと左手にある。ロンプラに載っている。

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掃除の日

2012/3/31

 今日はキガリの南の町、Huye/ブタレに移動するのでしっかり目覚ましを掛けて起床です。朝食が無料なので昼の分までしっかり食べておきました。さて、いざトウニーと出発したのはいいのですが何とバイタクもタクシーも皆無。今日は日曜じゃないのに。一向に見つかる様子がないので一旦宿に戻ってタクシーを呼んでもらう事に。

すると不可能とか言い出すし、何故に?すると土曜は11:00からじゃないと公共の乗り物が稼動しないらしいです。なんじゃそりゃ。それにしても白タクまで居ないとは。仕方が無いので11:00まで待つことにします。

時間が来るまでここに滞在している旅行者達と情報交換しました。すると、どうやらブルンジからザンビアのタンガニーガ湖を直で移動するフェリーは無いそう。というよりもブルンジ→タンザニア(キゴマ)間が現在運航していないとか。で、キゴマからザンビアのフェリーももしかして週1で無く週2の可能性もあるとの事。さすがアフリカ、思うようには行かないもんです。行ってみての判断ですがどのようなルートで南アフリカまで行こうかなぁ。アフリカ旅行の疲れる所って移動が大変な所です。情報収集から始まりルート変更、バスの乗り心地の悪さ、道路の悪さなど。ウガンダ、ルワンダは道が綺麗なので疲労はまだ少なめです。

さて11:00に出直そうとしましたが今度はスコールがやってきました。これは1時間くらい止みそうにありません。トーニーと話した結果今日はもう遅いから移動だけしてジェノサイドメモリアルには明日行く事に決めました。そうなると必然的にブルンジ入りも1日遅れになります。今後どうしようかなぁ、タンザニアのトランジットビザを取ってキゴマに行きそこでフェリーが無ければムベヤまでバスで行ってそこからマラウィに行くかそれか満月に間に合うのであればヴィクトリアの滝を目指すか。。。

結局中々止まないものだからトーニーがタクシーをお願いし20分後位にバスターミナルに向けて出発となりました。運転手とトーニーの会話で解った事は毎月最終土曜日の午前中は全国民は掃除をしなければいけないそうです。なので公共の機関もまずやって無いそう。中々素敵な法律ですね。

バスターミナルでブタレ行き(実は数年前にHuyeという名前に変わったそうです)のチケットを購入13:00発と聞いていましたがあれ?わたしの時計はすでに13:50です。もしやと思いトーニーに時間を尋ねたら何とウガンダとルワンダの間には1時間時差があるらしい。これで日本との時差が7時間になってしまいました。昨日1日ずっと勘違いしていたと言うことですね。

ブタレ行きの車内
ブタレ行きのバス内

バスは約2時間強でブタレのメーン通り沿いのバスターミナルに到着しました。ここから歩いて今晩の宿まで移動です。町自体が小さいので宿も歩ける距離。チェックインしてから明日の予定を立てましたがまず2人共1番行きたい場所がGenocideMuseum、そしてトーニーが現地の人からとてもいいと教えられたNationalMuseumこの2ヵ所に行く事に決定。時間が間に合えばブルンジ入りを果たしたかったのですがバスの最終が12:30なので間に合いません。というのもジェノサイドミュージアムのある場所が28kmこの町から離れている場所にあるからです。という事でこの町に2泊する事が決定しました。

ブタレも丘が多い
ブタレも丘が多い

カフェで小腹を満たしてから運動がてら町の散歩に出かけます。メーンストリートを南へ下っていったのですがさすが掃除の日、道端にはゴミが殆ど落ちていません。ただ、この町でゴミ箱を見ていないので恐らく晩には大分汚されている事でしょう。この町もキガリ同様丘の町なので涼しいです。歩いていると教会、モスクが現れその先を歩くと今度は大学のキャンパス。最近建てられたのかとても綺麗です。その隣に小さな屋外ジェノサイドメモリアルが建てられていたので立ち寄りました。この大学に通っていた学生であろう大体1967~1973年生まれの青年達の写真がたくさん飾られています。間違いなく犠牲者となったのでしょう。

小さなメモリアル
小さなメモリアル

ここの学生だった被害者達
ここの学生だった被害者達

ここはどうやら勝手に入ってはダメなところだったらしく出た後で通行人から教えて貰いました。許可がいるっていうけどどこに許可を貰えばいいのやら?

宿に戻ってからトーニーの持っている東アフリカのロンプラを読ませてもらいましたが私の持っているPDFとはやっぱり情報が違います。彼の持っている大きなアフリカ大陸の地図を見ながらザンビアにどう抜けるか話し合いましたがフェリーが無ければタンザニアかコンゴ民主から抜けるしか無いけど多分流動的だからとりあえずブジュンブラまで行ってから情報収集しか無さそうです。

<移動>
・宿→バスターミナル・・・タクシー、5000Rwf
・キガリ→Butare/ブタレ・・・バス5000Rwf

<宿>
Huye(Butare/ブタレ)
・Hotel des Beaux-Arts・・・ツイン7000Rwf
 住所:Ave du Commerce
 Tel:530032
 水シャワー、蚊帳あり、ネット環境なし
 目の前が銀行
 バスターミナルを出てメインストリートを右方向に歩くと最初の右折路で右折
 (右手にガススタあり)少し歩くと左手にある。ロンプラに載っている。

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ビニール袋取り上げの刑

2012/3/30

 教えられていた通り2:00を越えた頃に横に座っていたブルンジ人のアレックスに起こされました。もう国境だよと言われて目を覚ますともう目の前はイミグレです。眠気眼でバスを降りると早速チャイナ攻撃、ペンの売り子達でした。残念ながら私はペンを持っているので無視してそのままイミグレへ。出国用のカードを埋めて窓口に提出、あっというまにスタンプを押されて戻ってきました。ちなみに指紋認証もあり。

無事出国審査が終わると今度はルワンダ側まで徒歩で歩きます。標高が高いせいかシャツ1枚では寒いくらい。周りの人々はジャケットを着込んでいました。ルワンダ側に入りイミグレでスタンプを貰ったのはいいですが次に荷物チェックが待っています。簡単にですが中身を見せなければいけません。不思議な事に道路にはビニール袋が散乱しています。するとアレックスがルワンダはビニール袋を持ち込んじゃいけないと言うでは無いですか!!バックパッカーにとって重要なビニール袋、1枚使うのにも慎重なのに取られちゃうの??

ドキドキしながらバックパックを開けましたが幸いにも見られた上澄みの部分にはビニール袋は入っておらず無罪放免で釈放となりました(笑)ところが、バスを下車するときに棚の上に上げておいた水とマリアを入れた袋が見当たらないのです。アレックスに私の荷物が無いよと伝え探ってもらうとマリアと袋がそれぞれ出てきましたが袋がありません。やられた~。しっかりビニール袋を没収されてしまったのです。しかも結構頑丈なやつだったので勿体無い!!ショッピングバッグに入れ替えてバスを降りました。

ちなみに国境を出たのが3:30で到着したのは5:45です。まだ外は真っ暗。明るくなるまで待ってようと思いましたがオフィスというよりは最低限の屋根付き待合所なので寒いしもう宿まで行っちゃう事にしました。バイタクと個人タクシーが居たのでバイタクを選択。調べておいたロンプラにも乗っている安宿に向かってもらいました・・・が、何と閉館!!ちなみにホテル・グロリアです。近くにあるニュー・モダンゲストハウスに今度は行ってもらいましたが宿がありません。しかもその目の前にも宿があるはずなのに同じ名前のレストランのみ。近くの警備の人に尋ねるともう無いとの事。そんな~、他にも行って貰ったのですが明らかに高そうなので断りちょっと安そうに見えるホテルがあったのでそこに決める事にしました。何でこんなにつぶれちゃってるの??しかも安宿ばっか。しかし、この安そうに見えた宿、予想に反して実は高かったのです。何と1泊35US$でフランで支払ったとしても42000Rwf、高すぎでしょう。しかも早朝に行ったもんだから11:00まで使うのにハーフボードで半額支払ってもらうと言われてしまいました。しかもディスカウントの余地も無し。とにかくかなり疲れていたので手続きして部屋で休む事にしました。

しかし、ここでラッキーな事にwi-fiを拾う事に成功!!こうなったら11:00までに他の宿を探すしかない!!更にラッキーな事に部屋にタブが付いていたのです。これはこれは、身体中の貯まりに貯まった黒い垢を落としなさいという事でしょう。

宿も調べ垢も落としメフロキンも足りない分追加購入して(これが超高かった)充分な両替もしてさっさとこの宿を去ることにしました。新たな宿までバイタクでブーンと一気に移動です。ただ明確な住所が無く近くのホテルを頼りに探したのですが意外とすぐ発見。重い荷物を持ったままウロウロせずに済んでよかった。

宿の目印
宿の目印

チェックインが済んですぐ目の前の中華料理店でチャーハンを食べてからメモリアルミュージアムに出かける事に。ルワンダは記憶に新しい虐殺の過去があり当時の資料が展示されているのです。過去にアウシュビッツにも行きましたが、この生々しさ、何とも言えません。

メモリアルミュージアム
メモリアルミュージアム

セクションが分かれていて1は何がきっかけで民族間(ツチ族とフツ族)のいさかいが起き虐殺に至ったのか順序を経て写真、エキシビジョンも交え展示されています。無残な姿で放置されて腐敗している遺体が写真だけでなく映像として目に飛び込んで来るのでとても衝撃的で言葉を失いました。しかも大抵の女性はまずレイプされてから殺されます。そしてそれを子供の目の前で行う残忍さ。これも集団心理の一種なのでしょうか?その状況下で生きてないので全くもって解りません。更には殺さない場合もなるのですがその時はHIV陽性と判っている男性にレイプさせるという驚く説明まで。訪問者は多く皆それぞれに想い想いの事を語ったり鼻をすする音が聞こえてきたり。写真と説明、エキシビジョンの映像を全て閲覧していったのでセクション1だけで1時間はゆうにかかってしまいました。

セクション2は他の国でのCivilWarについての展示も含んでいます。ドイツ(ヒトラー)、カンボジア(ポルポト)、アルメニア、コソヴォ、ボスニア等こちらも写真、説明、エキシビジョンが。

そして最後のセクションは・・・子供達です。これはちょっときつかった。実際の遺体が生々しく映し出されている訳ではなく、生前の写真、そしてその子の名前、享年、好きな食べ物、飲み物、好きな遊び、親友、死因等が1人1人書かれているのです。中には数ヶ月の子供も居て、好きな飲みもの、、、母乳。ちょっとこみ上げてくる物がありました。他にも両手にも達さないような子供の死因が頭部を撃たれたからとか。そんな事をする必要がどうしてあったのか、負の連鎖が続くだけなのに。

お墓
お墓

ここを出る頃にはキガリに数日滞在するのを止めてHuye/Butare/ブタレに明日行く決断をしていました。ブタレにはGenocide Meseumがあるのですが、これが東アフリカで数本の指に入るくらいの展示だそう。しかもルート的にもブジュンブラに行く道沿いの町なのでその後の国境越えも大変ではありません。

宿に戻ってから3泊くらいすると言ってたのを取り消しました。とても残念そうにフタッフに言われましたがそれもそのはず、後に解った事なのですが、この国のミュージアムを作っている団体がこの宿も経営していてここの売り上げをその資金に充てているそうなのです。

何故それが解ったかというとこの宿に滞在中のNGOで活動している日本人のヒナタちゃんから聞いたのです。彼女はとても積極的で自分からすすんで1人でナイロビinでここまでやってきたとの事。そしてもう1人日本人のカツヨシ君、こちらはNGOでは無く個人で活動しているそう。2人も若いのにすごいな、というか若いから余計に行動力があるのかなぁ。

たくさんの丘
たくさんの丘

キガリでたくさん咲いていました
キガリでたくさん咲いていました

部屋に戻り同室者のロンドンから来ているトーニーと話をしたのですが何と彼も明日ブタレに行きミュージアムに行くとの事。そしてその後ブジュンブラに行くというのだからこれまたびっくり。目的地が一緒なのでブジュンブラまで行動を共にする事決定です。旅は道づれですから。ちなみにブジュンブラですが、ルワンダ人が土日買出しに行くくらいのノリで国境を越えていくそうです。ルワンダは東ヨーロッパ1の物価高なので仕方ありません。早くブルンジに行ってしまいたい。ちなみにブジュンブラからザンビアに行くフェリーですがとりあえず解っているのは週1回火曜日運航というだけでそれがキゴマ(タンザニア)でトランジットしなきゃいけないのかダイレクトなのか行ってみないと分かりません。元々月曜にブルンジに入る予定でしたが、一緒に行く男性が日曜に行くというので月曜を待たずに入る事に。極力日曜の移動は避けたかったのですが1日でも早く入って情報を集めたいのです。キゴマでトランジットだとまたビザ代が飛んで行ってしまうので避けたい所ですが、まぁアフリカなので仕方ないとしか言えません。

そうそう、この国に入ってチャイナもですがシノワとも言われるようになりました。要は中国の意味です。どこの国に行ってもこれなんだもん。ため息です。言語ですが、この国とブルンジはフランス語が公用語になります。通貨もフランっていう位だし。ここは英語は通じますが情報ではブルンジでは話せる人が少なく大変らしい。全然フランス語知らないんですけど。シルブプレとかジュテームとかボナペティとかしか。。。まぁ成る様に成りますか。

続けて中華料理
続けて中華料理

<移動>
・バスターミナル→中心地・・・バイタク700Rwfだが相当ぐるぐる
 回ってもらったので1000Rwf渡した。
・中心地→Discover Rwanda Youth Hostel・・・バイタク700Rwf
・Hostel→メモリアルミュージアム(ジェノサイド)・・・バイタク600Rwf
・メモリアルミュージアム→Hostel・・・バイタク700Rwf

<観光>
・メモリアルミュージアム/無料、寄付箱あり。

<宿>
Kigali/キガリ
・Hotel ・・・半日18US$又は21000Rwf、1日だと35US$又は42000Rwf
・Discover Rwanda Youth Hostel・・・8人ドミで9000Rwf
 シャワー、トイレ部屋にあり。蚊帳あり。wi-fiあり無料だが丁度壊れていた。
 朝食無料
 住所:Kacyiru Kigali
 Tel:+250 782265679
 E-mail:info@hostelkigali.com
 バイタクでトップタワーホテルまで乗せて貰い下車。進行方向に少し進むと
 右手に中華料理レストランがあるので手前で右折し真っ直ぐ進むと
 白い門にユースホステルの目印が緑と黄色で書いてある。
 テント持参すれば中庭で泊まれる。

<国境>
・ウガンダ側Katuna/指紋だけ取られすぐにスタンプを押してくれる。
 出国カード記載要。
・ルワンダ側Gatuna/入国カード記載要。ビザをすでに取っていたので問題なし。
 国境でもビザは取れるが若干高いうえにビザシール無し。もちろんゴリラの
 ホログラムも無し。
 ※荷物チェックの際にビニール袋が見つかったら没収なのでバックの奥に
 入れておきましょう。

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プロフィール

とやま~ん

Author:とやま~ん
Now: Tokyo, Japan

Thought I would settle down in Tokyo, but my mind insists on moving forward! I was wondering whether I could find a place where I feel my home. Life is exciting!

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