とやま~んの世界うろちょろ落書き帳

日本に戻って早2年、でもやっぱり定住できなさそう

希望

2011/7/27

 長い1日が終わり風の強さも変わらぬまま朝を向かえました。
やはり今後についての不安が強く熟睡できず、体調も悪く身体の向きを変えるたびに全身に痛みを発しました。

テント

明るくなったのでまずは荷物詰めですが、フラフラで動けないので結局私は車内で横になっているだけ。情けないけど何も出来ません。海外旅行保険にも加入しているのでロシアに入ったら即病院に行かなきゃ。

車内でダウン中

準備が整うとまずは川越えから。何故か村方向でなく国境方向に川越えをしました。

牽引中

エンジンが壊れているのにどうやってロシアまで移動したらいいの??川を渡りきった先でおじさんがエンジンをつけてみなさいとゼスチャーします。昨日はつかなかったのに?と半信半疑になりながらつけるとなんとエンジンがついたではないですか!!どういう事?全く理由がわかりませんがとにかくエース君が復活したのです。信じられなくて号泣です。この先5km以内にに太い川が2本あるというのでそこの川渡りを牽引してもらうことにしました。ところが今度はギアが全くもって入らないのです。更にはバックに入れようとするとギューンという音がなり壊れそうな勢いです。するとおじさんがやってきてエンジンを切りました。するとギアが入りその状態でエンジンをかけサイドブレーキをおろすと進みはじめました。こういうかけ方ではないと動かないのか・・・。でも動くだけ全然ましです。おじさんが言うにはオイルに水が入っているからこうなるのも仕方ないとの事。5km先の川まで移動しましたが、大きいと思っていた川がとても小さい川で逆にびっくり。ということで川の手前でおじさん達と別れることになりました。最初に約束していた金額より多めの請求でしたが寒い中手伝ってくれたのでルーブルを混ぜて渡しました。もちろん若い男性にも。最後の最後までフラフラで挨拶すら出来ませんでしたが窮地を救っていただきどうもありがとうございます。

どうもありがとうございました

さて、動いてしまえばもう目指すはロシアです。ЦагаанНуурで休憩後に国境へ出発。私は傾眠状態だったのであっという間に着いた感じがしました。(実際は悪路です)ちなみにこの間にエンジンをつけた後にでもギアが入るようになっていたそうです。びっくり!

モンゴル側でフラフラしていると車内の検査もあっという間に終わり早く病院に行きなさいと言ってくれたようです。その次にロシア側に行くと手前で車の消毒をされました。もちろん有料。水の貯まった道を進んだ後消毒液を吹きかけられるだけの簡単な物でした。その後イミグレがありましたがここ辺りで急に空腹感を感じるようになったのです。イミグレを出た後に試しに味噌汁を飲んでみましたが胃の痛みがほぼ感じられません。(ただし腸のグルグルは変わらず)もしかして、ストレス性の胃腸炎ですか?もう少し様子を見てから病院に行こうかなと思うくらいの急変ぶりなのです。確かに早くロシアに帰りたいとは思っていたけれど、人間の身体ってこんなに単純なの??

こんなに食べれました

アルタイ共和国に入り適当な村で夕食を摂りましたが、不思議や不思議するするっと8割くらい食べれてしまいました。完全にモンゴルの食事に対するストレスだったようで医者いらずで治ってしまったようです。でもモンゴルでこれだったらアフリカではもっと大変な事になるんじゃないかと不安を覚えます。しかもアフリカで1年半もだなんてモンゴルの3週間とは比べ物になりません。

食後は雰囲気のよさそうな村まで移動し、許可を得て駐車しました。くしゃくしゃになった荷物を3時間かけて整頓しましたがかなりの浸水ぶりで出さなかった荷物がベコベコになってしまっていました。直接水につかなくても浸水するから当たり前なのですが。中途半端な半乾きの臭いに当分は悩まされそうです。外に1晩出していた荷物も砂まみれで大変な事になっています。出るのはため息だけ。

<宿>
Чаган-Узун
・適当な民家の前(許可あり)

<ロシア国境手前の消毒代>
・78pでタイヤ周辺の消毒

<燃料>
・ДТ/25.00p
 92/26.00p
 96/29.00p

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絶望

2011/7/26

 今日でモンゴルが最終日・・・の予定。
悪路といわれているウラーンゴムから国境方面の道を無事越えられたらの話ですが。

朝から胃痛と下痢に悩まされ水分くらいしか口にできません。胃が痛くなることは今までの人生の中で殆ど無かったので何が身体の中で起こっているのか不安を覚えます。

ロシアの国境まで約250km、ウラーンゴムから30km程舗装道路が続きます。ダートになってからはくねくねの道になり石もごろごろ。途中右手にУурэгНуур(ウレグ湖)が見え、その後はわだち以外何もない道が続きます。

ウレグ湖

その後はわだちすら消えGPSに頼るのみ。ただ、この辺鄙な場所ではGPSも微妙で場所が定まらなかったりするので常にナビでチェックです。予想はしていましたが早速川越えです。近づくと幅が広く5本程に分かれています。3本目までは難なくクリアしましたが問題は4本目です。明らかに川底が見えず深そう。行き来して渡れそうな場所を探していざ川越えへ・・・しかし途中で進まなくなりバックにしても少し動いたきり停まってしまいエンストしてしまいました。その内エンジンをつけるとヒューンという音がしてもう動きません。これはまずい!エンジンが壊れてしまった。焦りと絶望感が一気に支配します。少しずつ車内に水が入ってきだしたのですぐに荷物を袋に適当に入れて後ろのドアから放り出しました。ゆっくりですが車体が先へ進んでいます。このままだったら更に沈没か勢いがあるので流されるか不安になりました。

自分達の力だけでは車体をひっぱれるわけもなく、救援を呼びに行く事になりました。といってもわだちの道を歩いてきたわけではないので、どこで車と出くわすか、また村がどこにあるのかもわからないまま迷わないように進まなくてはなりません。しかも3人で行くと荷物の事も心配なので2人で探しにいって1人は待つこととなりました。その前に川と川の間に荷物を置いている状態なので増水した時のことを考え対岸に荷物を運ぶことに。しかし勢いがあり、更には腰の位置近くまでの深さで断念。幸いにも風の吹く方角には雲がなく助けが来るまで雨が降らない事を祈るのみです。

誰が1人残るかという話になりそれぞれが名乗り出ましたが、そうこうしている間に悪寒が徐々に出てきてその内テントを張る余裕すらなくなりました。2人に張ってもらう中どんどん強くなり頭から足の先までブルブル震えます。最終的には自分の力で寝袋にも入れず靴下すら履き替えられず2人に手伝ってもらわないといけない程。ここまでの悪寒は初めてで痙攣発作の様にも見えるんじゃないかという程強く自分自身でも驚きました。2人が出発する頃でもまだ全身の悪寒は治まりません。座薬を探す余力も考える思考回路もなく近くにあった抗生物質だけ飲むことにしました。出発後暫くしてから身体が暑くなってきましたが暫くすると再度悪寒がやってきました。一体どのくらいの熱がでているんだろう。そして今は一体何時だろう?そう考えながらも栄養も取れていないし体力も奪われているので意識が無くなっていきました。何度か目を覚ましましたが2人は一向に戻ってこず、少しずつテント内から空が暗くなっていくのが見てとれます。果たして今日中に戻ってくるのだろうか、迷子になってないだろうか、雨が降って増水しないだろうか、増水した場合こんな体調で川渡りできるのか?渡れても身体が冷えていてその後は?などなど不安がこみ上げてきます。自分の命が危ないかもしれない、生きて日本には帰れないかもしれないと悲観的になり家族を思い出し脱水状態の身体から足りない水がこみ上げてきます。

夜になるにつれてどんどん風が強くなってきました。テントの形もずいぶん風で押されて狭くなります。音もすごいので狼か野犬でも近くにいるのではないかと不安でドキドキしながら長く感じられる時をすごしました。

2人が出発してから約5時間後(後で判った時間)、一瞬明るい光が見えたような気がしました。その内ジャリジャリ・・・と音も聞こえ、自分なりに急いでテントから顔をのぞかせると遠くに車らしきものが見えました。フラフラでよたつく身体で靴を履き、車に近づくと1人の男性が降りてきました。次いで2人も降りてきたのを目にした瞬間に安堵感で泣き崩れてしまいました。本当に孤独でただただ怖かった。2人と涙を流しながらハグします。しかし私が恐怖を味わっている間2人は寒い中3時間程歩いて下流の村まで行き、交渉の上ここまで戻ってきてくれたのです。本当に感謝しています。どうもありがとう。

再会後も身体が思うように動かず、一人のうのうとテント内で休んでいましたがその間におじさん達が川の中に入り牽引の紐を結びエース君を無事脱出させてくれたようです。ただ、エンジンはかからず翌朝村まで牽引してくれる話となり5人でエース君内で就寝する事に。今後は一体どうなるんだろう、こんな恐怖感を味わった後にアフリカを旅できるのだろうか、それ以前にこれで旅が終了なのか、・・・家に帰って暖かい部屋で眠りたい・・・ぐるぐると頭の中を様々な想いが交錯します。でも不安よりも安堵感が強かったのかいつの間にか意識が水面下へと徐々に下って行きました。

<宿>
ЦагаанНуурまで50km程手前
・助けてくれたおじさんと若い男性と5人で車内泊。
 

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世界遺産ウブス湖へ

2011/7/25

 朝から寒いです。気温は11℃ですが風もビュービュー吹き太陽も出ていないので猛烈に寒く感じます。昨晩は22時前に眠ってしまったので今朝は5時間くらいに起きてしまいました。いつに無く健康的です。

Олгий(オルギー)を早々に出発し目指すはУлаангом(ウラーンゴム)です。ここのすぐ北東に世界遺産登録をされているУвсНуур(ウブス湖)があるのでそこまで行けたら後はもうロシアに抜けるのみ。早くロシアに帰りたい!!

昨日よりも若干の悪路を北へ進んでいきます。
1ヶ所だけ川越えがあり水の勢いが強かったのですが深さが膝くらいだったので難なくクリア。

勢いが

でも渡った先が石ころがごろごろでわだちも見つからず。暫くさ迷いましたが無事脱出。モンゴルの難易度は高いです。まだ体験してませんがアフリカ中央部に次いで悪路では?と想像してしまうくらい。幹線道路でわだちが消えるってなかなかないですよね。

ウラーンゴムには午前の内に到着し、ロンプラに載っていたМонгол(モンゴル)というレストランへ。ここは値段設定が高めですが、聞けば牛肉があるそうなので迷わず決定。UBを出てからそうそう牛肉を扱っているお店がなく最近は1日に1度しかまともな食事が摂れてません。なのでとても貴重なのです。値段は高かったのですが量が2人分くらいでてきてびっくり。ゆかちゃん達が頼んだホーショールは1人分が3人前くらいあり注文数を減らしたくらい。量を減らして値段も下げてほしい。出国に向け残金を調整しているので微妙なところです。燃料が高いのでもしかして足りないかもとヒヤヒヤもんです。

量多い

食後13時すぎからウブス湖に向けて移動を始めました。
どうやら湖までの道はないようで、途中から歩かなければならないそうです。ガーミンで設定すると45km程はなれており最初の10kmはアスファルトで舗装されています。そこからは東に向かってわだちに沿って進みますが湖が見えた辺りで北東方面のわだちへ。大分湖が近づいたところで車から降り、湖のある北へテクテク歩きました。約1km程です。湿地帯でもなかったのですが湖が近いこともあり蚊がたくさんいました。この時間は太陽が出て日差しが痛いくらいでしたが蚊に刺されないようにウインドブレーカーでガードして歩きます。それでも3ヶ所くらいはいつの間にか刺されていました。砂地を進むと目の前には青空が反射したウブス湖が姿を現しました。湖の上空だけ雲がなく晴れ渡っていて最高!蚊がいるのでのんびりは出来ませんでしたが私達3人しかおらずとても静かな時間を楽しめました。

ウブス湖と

ウブス湖

ウラーンゴムに戻ってからは計画的に残金を使います。
商店を歩き回りロシアで買うよりも安く手に入る物を買い、Tgを使い切りました。昨日水の件でお世話になった食堂の娘さんと商店で再会してびっくり!なんと家族がこのお店を経営しているそうです。周りの商店をうろついている間にもう閉まってしまいましたが、無理をいって閉店後に開けてもらってじっくり買い物をさせてもらいました。ご迷惑かけました、ありがとうございます。でもこれで共同財布以外の残金は0円。文無しです。もうお金もすることもないので後は眠るだけです。

<燃料>
・ДТ/1900Tg
 92/1900Tg

<宿>
Улаангом
・適当な集落のゲート内で車内泊

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車の修理

2011/7/24

 今日は昨日行けなかったBathHouseに朝から行ってきました。
連日の強い日差しで車内が蒸し風呂状態で窓を開ければ熱風です。砂埃もひどいのでシャワーにでも浴びなければドロドロ砂々。モンゴルは景色も動物も見れて最高なのですが、食を考えると気持ちはもうロシアに向いています。予定では2日後にはロシア入りなのですが、もう数日遅れそうな予感。

BathHouseでさっぱりした後はホテルに戻りインガと待ち合わせ。
まだ彼女は仕事が終わってなかったので終わるまで待ち、それから弟さんの車にナビゲートしてもらい町の中にあるオートへ。ここで昨日の外れたカバーとオイルフィルター交換&掃除の依頼を通訳してもらいました。修理に1~2時間かかるというのでその間に日本へデジカメのデータをEMSを送るために郵便局へ連れていってもらう事にしました。ただ、今日は祝日で何時まで開いているかわからないとの事。実際に連れていってもらいましたが予想したとおり真っ暗で閉まっていました。まだまだ時間があるのでインガの職場でランチを摂ることに。今日も牛肉料理と、聞けばスーテーツァイ以外に牛乳もあるというので注文。しかし、一口飲んで私の中の警報がすぐ鳴り出しました。この味間違いなく羊の臭み!!日本語の話せるスタッフに聞きますがやはり牛の乳で間違いないと話します。そういえば殺菌の為に温めると話していたのを思い出しました。想像ですが温める時に使った鍋にすでに羊の味?が染み付いているんだと思います。がんばって口をつけましたが数口で吐き気をもよおしてしまい、とても勿体無いのですがそれ以上は飲めませんでした。完璧に身体が拒否してしまったようです。

食後にインガのフィアンセの車でオートに連れていってもらうとすでに修理が終わっていました。全て込みでお値段は30000Tgでした。まだそれだけで済んでよかったです。インガとはここでお別れし、私達はУлаангомへ向けて出発です。どうもありがとう!!

インガと

途中までは一度通った道ですが、3週間前よりも緑が多く、川の水量も確実に増えていました。

緑が増えました

違った姿を見ることが出来てよかったです。途中少し雨が降ったので虹も見れてラッキー。今回は2重でした。今晩はОлгийという町まで進み、そこで休むことにしました。最初に到着したオルギーと同じ名前の町ですがそのオルギーはバヤン・オルギーで、現在いるのはただのオルギーです。なんだか紛らわしいな。

りかちゃんが入った食堂でお水をどこで手に入れることができるか聞いてくれたようで、すると食堂を経営している家族らが今から水を汲みに行くから乗っていきなさいというありがたいお言葉を頂戴しました。自分の5Lの空きボトルを持ち、初のミニバスに乗車。この車はモンゴルでよく見ますが乗ってみたいと思ってたんだよね。内部はコード等丸出しの状態です。すぐ直せるようにかな?井戸水は町の外れにあり、常に水が流れている状態です。ボトルに満杯に入れてもらいホクホクです。今晩早速これで顔を洗わせてもらいますね、どうもありがとう!!

井戸水

<BathHouse>
Ховд
・座標N47°59.967'E091°38.594'

<宿>
Олгий
・町の適当な場所に車内泊
 座標N49°02.045'E092°02.264'

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初牽引

2011/7/23

 今日目指すはホブドとの中間辺り。
Алтайを早々に出発します。ちなみにАлтайでは入場料はかかりませんでした。

昨晩wi-fiが拾えたのでホブドで会った”ようこ”に連絡を取ってみました。すると現在はゴビ・アルタイ県のАлтайにいるというではないですか!!でも気づいたときにはもう遅し。残念ですがАлтайでは会えずじまいです。ホブドで会えればよかったんだけどな。

ホブドへの道は昨日と同じくらい状態の良いダートです。
ですが、よそ見なんかすると突然出没する道路の凹みでジャンピングカーに変身するので集中しなければなりません。

勘弁してください

内臓に相当ダメージが・・・。少しずつは舗装道路に向けて動き出しているようですが、機器の数が2台とかしかないのでまだまだ先の話ですね。しかも測量しているのはいいんですが、ポイントが全てオヴォー(石の積み重ね)になっているので、車がぶつかれば全て台無しなので骨が折れる仕事っぷり。更には夏の時期にしか出来ないので気の遠くなるような舗装計画のように感じます。

今日は風がないので砂埃が舞うと停滞していて前に車がいるともう窓が開けられなくなります。もう車内はムシムシ状態です。めったに車とは会わないんでまだいいですが。それよりも動物との遭遇率の方が高いです。

何にもないんですけど

予想以上に順調にХовдに向け進んでいましたが、目の前に大きな川が立ちはだかります。2人の男性が傍らにいてナビゲートされながら1本目の川を渡りましたが、この旅一の深さ!一度スタックしかけましたが無事乗り越えました。その後1~2本細い川を乗り越えた後、先を見ると太い川が目に映りました。これはまずい。しかも先を行く車が相当深い位置まで水に浸かっています。2人の男性が川を渡りますが、やはり腰の位置まで水がきています。男性や対岸のギャラリーは来い来いとゼスチャーしますが、これはどうしたものかな。

この旅一の深さ

通りかかったトラック等手当たり次第牽引をお願いしてみますが首を横に振るのみです。その内最初にナビゲートしてくれた男性が対岸から戻ってきたので牽引してほしいとアピールしましたが首を横に振り車で一気に進めばいいというようなゼスチャーをしてきました。そうこうしている間に小型トラックがやってきて自力で川渡りを始めますが何と川の中央でスタック。ほら、こうなるでしょ?と思いっきり日本語で説明しゼスチャーでアピールします。その後対岸にいたトラックに牽引してもらう形になったようですが、何とロープが切れてしまったのです。

何度も牽引のアピールをすると100US$で牽引してもいいと男性が話してきます。Tgでは70000から始まり最後には30000Tgまで下げてきましたが突っぱね、次に来たトラックドライバーと交渉。いいけど、ロープがないよとゼスチャーで言ってきました。エース君にはロープが積んであったので、それを渡すとテンポ良く牽引の準備が始まります。

牽引よろしく

あっという間に牽引が始まり対岸に到着、チョコを渡し、お礼の言葉も伝えました。本当によかった~。

すごいパワー

1本目の川渡りの後少しの振動で擦る音が聞こえるようになりました。車底を覗くと底のカバーが一部外れ地面にほぼついてしまっています。

カバーが外れた

ホブドのオートに行くのはいいとして、まずは残り70km程移動しなくてはなりません。応急処置として適当な大きさの石を見つけて乗り上げるようにして金属のカバーの形を変えてみることにしました。何度かやってようやく持ち上がったのでホブドに向けての移動再開です。町まで7kmの時点でようやく舗装道路になっていました。

町ではハンスたちと朝食を摂ったホテルのレストランに行きましたが、前回はいなかった日本語を話せるスタッフが1人いました。彼女の名前はインガといい日本語を勉強するために日本(仙台)に2年間住んでおり上手な日本語を話します。地震の少し前に帰国していたそうなので災害には遭わずに済んだようです。彼女のおかげでスムーズに夕食をオーダーすることができ、更には明日オートに一緒について来て通訳もしてくれる事になりました。辞書もないので全く会話が成り立たなかったしとてもラッキー。彼女のフィアンセが車に詳しいそうなので一緒に来てくれるそうです。とても助かります、ありがとうございます。

<燃料>
・ДТ/1960Tg
 92/1900Tg

<宿>
Ховд
・Hotel Цанбагаравの駐車場 
 座標N48°00.239'E091°38.619'

<時差>
Ховдは日本より2時間遅い

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プロフィール

とやま~ん

Author:とやま~ん
Now: Tokyo, Japan

Thought I would settle down in Tokyo, but my mind insists on moving forward! I was wondering whether I could find a place where I feel my home. Life is exciting!

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